問題の本質

以前品川駅で掲載された広告に批判が集まったというニュースがありましたね

今日の仕事は楽しみですか?

この文言が働いてる人をバカにしている

という批判が多く集まったらしいです

この広告自体になんの問題があるのか?

はっきり言ってしまえば

受け取る側がどう感じたか

という一点だけではないでしょうか?

恐らくこの広告を見て不快に思った方々は

仕事は辛くて当たり前

我慢に我慢を重ねてそれでも生活や家族の為に働く事が仕事

そんな風に考えているのではないでしょうか?

今回のタイトルは問題の本質としました

ここで質問です

問題の定義とはなんでしょう?

ほとんどの方が起きた事実に目を向けるかと思います

ですが、問題を問題と捉える事が問題である

そんな風な言葉を見聞きした事はありませんか?

僕なりの問題の定義は

不都合が起きた時に解決に向かう手法、手段がわからない事

情報の不足だと定義しています

シンプルに考えれば、何か不都合が起きても

それを解決できる手法や手段を知っていれば問題になりませんよね?

つまり、問題として認識した時点で解決する為の情報が不足している

事に問題の本質があると考えるべきではないでしょうか?

僕たちはいつだって周囲から刷り込まれた常識が覆ってます

その常識は誰のために必要な情報ですか?

多くの常識は都合の良い人間を育てたいと願う

“大人”から刷り込まれた情報ではないですか?

嫌なことを仕事にするのなら

それをわかって仕事を選んでいるのは誰ですか?

嫌な事を我慢しながらでも続けていくのが大人と教えたのは誰ですか?

僕たちの常識はいつだって周囲の都合の良い様に刷り込まれてます

だからこそ、自分が幸せに生きる為に必要な合理的な理論を持つべきだと思ってます

今までの自分の生き方で毎日が辛い

イライラする、苦しい

それは今自分が持っている常識の何処かに嘘が刷り込まれてるからと疑ってみませんか?

今日の仕事が楽しくなれば

楽しいから明日はもっと頑張れる

自分のわくわくする様な未来に向かって正しい努力ができる

もし今が辛くて苦しくてたまらないのなら

答えは至ってシンプル

今常識と捉えてる辛い情報を真逆に考えてみませんか?

もちろん、なんでも自分の都合良く捉えるわけではなく

刷り込まれた常識の中に潜む嘘を見つける為に逆説を考える

という事です

僕は大人が嫌いです

自分達の都合の良い様に嘘を擦り込むから

でも、自分に合理的な理論を持つ

今の自分に出来る事だけに目を向けるのではなく

明日の自分は今日より一つ成長する

それをコツコツと毎日継続しながら

常に新しい情報に触れて日々自分の持つ常識の

アップデートを続けることが大切だと思ってます

今日の仕事は楽しみですか?

その仕事が楽しみになる為に必要な情報があれば

この文言を問題と捉える毎日が辛い人はいなくなりますよね

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